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広島高等裁判所 昭和31年(ラ)29号 決定 1956年9月04日

抗告人 伊東清治

相手方 株式会社広島相互銀行

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は抗告の趣旨として、「原決定を取消す、相手方より抗告人に対する山口地方法務局所属公証人古谷判治作成第三六一七号公正証書の執行力ある正本に基ずいて、別紙目録記載物件につきなした強制執行はこれを許さない」との裁判を求めた。その理由の要旨は左記の通りである。

(一)  山口地方裁判所所属執行吏柳井竹雄代理松田清一は相手方の委任により前示公正証書に基ずき抗告人に対する強制執行として昭和三十一年六月二十八日山口県小郡町大字新町東上高木久子方において同女所有の別紙目録記載物件の差押をなした。しかし、同女は抗告人と内縁関係を有するに止まり、同女の右住所は抗告人の住所ではないのであるから、同女方に不法に侵入して同女の意思に反して同女所有の財産を差押えた本件執行は違法である。そして、右差押物件が競売せられた暁においては、抗告人は同女より損害賠償の請求を受けるおそれがあるから、抗告人は本件執行の排除を求める利益を有する。

(二)  本件差押調書に記載された抗告人の住所は高木久子の住所であつて、前示公正証書に表示せられた抗告人の住所並びに住民票記載の抗告人の住所及び本籍とそれぞれ符合しないから、本件差押手続は違法である。

右に対する、当裁判所の判断は次の通りである。

(一)  執行吏が誤まつて、債務者以外の第三者の所持する第三者所有の有体動産を差押えた場合には、執行吏はその所有権の実体的帰属を判定する職責を有しないのであるから、債務者は勿論その第三者も、右物件が債務者の所有に属しないとの実体上の理由に基ずき民事訴訟法第五百四十四条による異議を申立てることは許されない。その第三者は右の如き実体上の理由に基ずき同法第五百四十九条による訴を提起すべきものである。もつとも、第三者は右差押が同法第五百六十七条に反してその者の任意に提供しない動産に対しなされたものであることを理由として同法第五百四十四条による異議を申立て得ることは明らかであるが、元来同法第五百六十七条は第三者の所持を保護することを目的とする規定であるから、同条違反の差押によりその所持を侵された第三者以外の者は、たとえ債務者といえども、同条の違反を理由として執行方法に関する異議を申立て得ないものと解するのを相当とする。従つて、仮に債務者が同法第五百六十七条に違反した差押により間接的に損害を被むるおそれがあるとしても、債務者はこれを理由として異議を申立て得ないものといわねばならぬ。また、債務者の住所以外の場所にある有体動産でも、債務者の所持に属するものと認められる限り、執行吏は同法第五百六十六条によりこれを差押え得ることは明らかであるから、本件差押が債務者たる抗告人の住所以外の場所でなされたからと言つて、そのために本件差押が直ちに違法となるものではない。通常、債務者はその住所に存する有体動産を所持しており、他人の住所においてこれを所持する場合は稀有であるというのに止まり、執行吏が債務者以外の第三者の住所において債務者の所持に属する有体動産としてこれを差押えた以上、その第三者は別として債務者はその物が第三者の所持に属し自己の所持に属しないことを理由として執行方法の異議を申立て得ないのである。しからば仮に抗告人主張の通り本件差押が債務者たる抗告人の内縁の妻高木久子の住所において同女所有の物件について同女の意思に反してなされたものであつたとしても、抗告人がこれを理由として執行方法に関する異議の申立をなし得ないことは明らかである。

(二)  公正証書或は有体動産差押調書に債務者の住所を表示するのは債務者の同一性を明らかにするためであるから差押調書に表示された債務者の住所が債務名義たる公正証書に表示された債務者の住所或は現実の債務者の住所と異なつていても、債務者の同一人であることが明白である限り、差押手続に瑕疵があるものとはいえない。

よつて、抗告人の異議申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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